お肉の話⑶
オッケーグルグル‥‥‥
最初、何を言っているのかわからなかったのですが、、、
孫がテレビコマーシャルを見てよく口にします。。。
あーーー!
オッケーGoogleこのとね(笑)
とは言っても、ウチはiPhoneなんで、
スマホに問いかけても、
と、
ツッコまれるのがオチでして‥‥‥(笑)
最近たくさん覚えてくるけど、少しずつ間違って覚えてくる孫がカワイイです❤️
前置きはそれくらいにして、、、
ここからが本題。
この前のお肉の歴史のお勉強の続きです。
1543年の鉄砲伝来と共に、宣教師が日本でキリスト教を布教していきました。
キリスト教は、これまでの動物の殺生禁断を解き放して、人は再び牛さんや豚さんを食べるようになりました。
それも束の間、豊臣秀吉の1587年のバテレン追放令により、キリスト教の禁止と合わせて牛さんやお馬さんを食べることが再び禁止されました。
ただ、江戸時代に入ってから布告した肉食の禁止令下でも、近江の彦根藩では、お肉を薬として食べる「薬喰い」が考案されます。
「薬喰い」が考案されると、牛さんのと畜(牛さんを食べるために殺生すること)が黙認されるようになり、牛肉の味噌漬けの製造が進められ、近江の名産品として、江戸時代中期以降に将軍家や御三家に献上されました。
ここで興味深い話が。
いろんな書籍を見てみると、1860年の桜田門外で彦根藩主の井伊大老が水戸藩士に討たれたのも、御三家の1つである水戸藩主に牛肉の味噌漬けが献上されなかったことへの恨みもあるというくらい、牛肉は美味しく、水戸藩主も食べたかったのでしょうか。。。
いつの時代にも法の抜け穴を探してお肉は食べられ続けたようですね(^ω^)